今月の言葉

令和3年1月の言葉

一休宗純

 

頓智で有名な「一休」さんこと「一休宗純」または「一休禅師」とも呼ばれる臨済宗の僧侶が残した一句です。現代的な感覚では正月早々扱う事の難しい一句ですが、この句の本意は『日々を大切に』と言う思いで在ると感じます。

一休宗純の生きた時代(西暦1394年~1481年)は日常の中に「戦」の在る時代でした。関東では西暦1454年~西暦1483年まで28年にも及ぶ『享徳の乱』が引き起こされ、足利もその戦場のひとつとなります。足利学校や善徳寺が現在の場所に移されたのはこの時代と見られています。そして西暦1467~1477年にかけての『応仁の乱』では一休宗純が身を置いた大徳寺の在る都も戦禍により焼き尽くされてしまいました。

そうした時代を生きた一休宗純の詠んだこの句は「正月をめでたいと祝うが、やがて訪れる死への一里塚(マイルストーン)でもある」と言う正月を祝う人への皮肉が込められ、すべては見方や考え方により変わる「常ならざる」事、「諸行無常」を説いた一句とされます。

しかし一休宗純は有名なへそ曲がりでしたから思いを真っすぐ伝えたりは致しません。こんな皮肉な一句も一休宗純が詠み人となるとその意味も裏返り「いつか冥途に旅立つ日が来るのだから毎日を大切にしなさい」となります。一休宗純の句は、その生涯や生き方まで用いて教えとする点で禅僧として悟り得たと言えるのかも知れません。

12月の言葉

 

心の煤(すす)

 

越智越人(おち・えつじん)江戸中期の俳人。

歳の暮れに家の内外の清掃は隈なくしたものの、いちばん肝心な心の煤はらいを怠って正月を迎えた実感を吟じたものです。

薪や炭を用いなくなった現代、台所は煤けなくなりましたが、心に煤がたまることは今も変わりません。むしろ昔より今の方が心の煤は多くなったのではないでしょうか。

11月の言葉

 

寒 山 詩

 

中国唐代、西暦7~8世紀の僧で文殊菩薩の化身ともされる「寒山」が詠んだ漢詩。寒山の活躍した時代は日本の奈良時代末から平安時代の初めにあたります。

吾心似秋月 碧潭清皎潔 無物堪比倫 教我如何説(原文)

吾が心秋月に似たり、碧潭清くして皎潔たり。物の比倫に堪ゆるは無し、我をして如何が説かしめん。(邦訳)

「私の心は秋の名月に似て、青々とした深い水のように透明で汚れがない。これにならぶことのできるものは他に無い。私はこれをどのように説明すればいいのか分からない(現代訳)」全文で「比類なく無色透明な私の心を教える術が無い」と悩みを述べることで、欲や憎悪という心を苛む色に染められていない「無色の心」の大切さを諭しています。時折、自らの心を眺め、心の月に雲が掛かっていないかを確かめる事が大切です。

10月の言葉

 

面壁九年

 

武者小路実篤。小説家・劇作家。40歳の頃から絵筆を握るようになり野菜や花を率直かつ素朴なタッチで写生し、脇に簡潔にして意味深なさまざまなことばを書きつけている。今月の一文もまたそのひとつ。

背景にある陰影は白隠禅師が描いた「菩提達磨」の御姿です。達磨大師は禅宗の開祖として「祖師」と呼ばれており、光明寺が属する「臨済宗」もまた「禅宗」の一派です。達磨大師はインドから中国に渡り、少林寺に籠り、九年もの間只壁に向かって坐禅を組み遂に悟りを得たと伝わります。この故事を「面壁九年」と呼び、長い座禅の間に手足が萎え朽ちたと云う達磨の姿を模した物が、「祈願だるま」「必勝だるま」「福だるま」として身近に目にする「だるま」飾りとなっています。達磨大師の御命日は十月五日。達磨忌と呼ばれ大切な忌日となっています。

武者小路実篤の思いは、「桃栗三年柿八年」と果樹が実をつけるにも時間が掛かり、達磨大師は九年も壁に向かい坐禅を組んで悟りを開いた。自分は一生をかけて実を実らせるのだ。と云う。実篤の真意がいずれに在るかは読む人次第ですが、「思想の借り着は害がある」と述べたと在るように、実篤は他者を尊敬し影響を受ける事は是としながらも、他者を模倣し比べることは身を亡ぼすと考え、自分は他人と同じで無くても良いと強く思っていたようです。

9月の言葉

 

種田山頭火

 

五七五の型に縛られず作る『自由律俳句』の代表的俳人。

単に山頭火とだけ呼ばれることが多い種田山頭火は、明治15年山口県防府市に生まれ、15歳の頃から俳句を始め、昭和15年に生涯を閉じるまで八万もの俳句を詠んだと伝わります。しかしその大半は知られていません。生家は村の大地主で裕福に育ちましたが、晩年「無駄に無駄を重ねたような一生だった」と述懐する通り、その生涯は不幸や不運、そして数々の失敗から自棄になり多くの失意を味わった人生でした。晩年、日本各地を放浪しその中で自らの感情を俳句として昇華させ、多くの作品を世に残してゆきます。

山頭火が「彼岸花」を題材として詠んだ俳句は他にも幾つか伝えられており、その中に「彼岸花さくふるさとはお墓のあるばかり」と云う句があります。山頭火にとって彼岸花(曼殊沙華)は、「仏心」を象徴する華だったのでしょう。他に「悔いるこころの曼珠沙華燃ゆる」と云う彼の人生観を垣間見る事の出来る一句も残されます。

8月の言葉

 

いのちのバトン…

 

「ふた親」が居たからこそ自らの人生が始まった。そう考える機会は日常余り無いかも知れません。しかし今ここにある数多の命は全て遥か昔から綿々と繋がり紡がれた命です。それを私達に諭す言葉を『相田みつを』先生も残しています。ここに「いのちのバトン」と云う詩をご紹介しましょう。

父と母で二人 父と母の両親で四人 そのまた両親で八人
こうしてかぞえてゆくと十代前で 千二十四人
二十代前では・・・?なんと百万人を超すんです
過去無量のいのちのバトンを受け継いでいま、ここに自分の番をいきている
それがあなたのいのちです
それがわたしのいのちです

相田みつを

こうした遥か昔の多くの人の魂が現在の自分に繋がる。それを感じられる数少ない機会が「お盆」かも知れません。昔から毎年8月13日から16日までのお盆の時期には、ご先祖様の霊が「この世」に戻られると信じられており、ご先祖様の道行きを案内する為に迎え火を灯し家族でお墓参りをします。「お墓参り」は決してご先祖様の魂の安寧を願うだけではなく、生き続ける親族に魂の繋がりを感じさせる為にもある事です。

7月の言葉

 

人生は旅なり

 

物事に執着しないで自然の成り行きに任せて行動するたとえです。

執着は手枷足枷となって心を苛む苦しみの根源です。しかしそれが分かっていても執着を捨て去る事など常人には困難な行いと言えるのでしょう。新型コロナ感染症の蔓延防止の為に自粛の機会を得た私達でしたが、様々な人の動きを見るにつけ執着を捨て去る事の困難さを思い知らされたことは皮肉な事と言えるでしょう。

今回の「自粛」を例えれば、人生という旅の途中、雨に降られ雨宿りするような物。無理して旅路を急げば却って災いに逢い難渋する事にもなりかねません。勿論、雨が上がったからと急ぐことも用心が必要です。でも、わかっていても出掛けたくなるのは人情というものでしょうか。

もしかすると新型コロナよりも「人生という旅を急ぐ執着」の方が根の深い病魔なのかも知れません。

6月の言葉

 

雨の日には…

 

「晴耕雨読」の語源は明治時代に塩谷節山が書いた漢文詩に在ると言われそれ程古い言葉では無いようです。この言葉は引用者の思いを伝える「例え」として用られる為、仮に怠惰な人が誤用すれば「怠惰な日常を肯定する例え」と成ってしまいます。この言葉は勤勉な人が「在りのままに”生きる”姿」を伝える例えです。怠惰な日常を肯定する例として用いては言霊の思いに反するでしょう。

この「晴耕雨読」という言葉を辞書で引くと「世俗(社会)から離れた悠然とした生活」と説明されます。しかしその文字を読み解くと「”晴”の日には田を耕し(生活の糧を得て)、”雨”の日には読書する(人生の糧を得る)」という「勤勉」の例えであり、これを「世俗を離れた生活」の例えとすると多少の誤解は免れません。字面(じずら)通りに解釈すれば”晴”とは常なる時を意味し、”雨”とは常ならざる時を指します。常ならざる時も無為に過ごさずに”出来る事をする”と云う例えです。まさに緊急事態宣言下の自粛期間は”雨”と呼べる時期でしょう。

その自粛期間もそろそろ終わりに近づき、常なる日が再び始まろうとしています。しかしまた訪れるかも知れない”雨の日”に”何をするか”で人生の豊かさに違いが生れるかも知れません。”雨の日”には”雨の日”の過ごし方を見つける事が必要な時代かも知れません。

5月の言葉

 

善き友

 

お釈迦様は、お弟子の阿難尊者に「善き友、善き仲間を持つことは聖なる修行のすべてである」と諭されました。何事も一人では成し遂げがたい。善き仲間に恵まれることは幸いである。との教えです。

例年当山では連休のこの時期、お釈迦様の誕生をお祝いする「花まつり」として「ぼたん祭り」を開催しておりました。しかしながら本年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の観点からお祭りを中止させて頂きました。
それでも例年に無く静かな光明寺境内では、何も知らない牡丹が今年も大輪の花をつけています。ただ、風に靡くその姿は心なしか寂しく感じます。

4月の言葉

 

結果自然成

 

「一華開五葉」という言葉は「結果自然成」という言葉と対句となっており、禅宗の初祖菩提達磨大師が慧可に伝えた伝法偈の中の一句と伝わります。古来開運吉祥の語として用いられました。

『(花を咲かせる)努力を惜しまなければ、結果(実)は自然と成るものだ』との教えで、「人事を尽くして天命を待つ」と同様の言葉です。

疫病が流行る時には、手洗い、うがいを心掛け、人混みを避け静かに時を過ごす事が『人事を尽くす』ことであり、即ち「一華開五葉」と云う事です。その結果は自然と現れるであろうという教えです。

3月の言葉

 

「いのち」の再生

 

この句は春の息吹を如実に示した、「いのち」の再生に対する讃歌としてとらえられているようです。木々の芽吹きを見るとき、本格的な春の到来を感じます。固い冬芽がだんだんとふくらみ、潤いを帯びた春の空気に芽を出す。これこそが春の到来でしょう。冬枯れの野も、緑の若草に覆われ、いのちの息吹を感じさせてくれる春。そんな季節を私たちは待つのです。春は万物のいのちの再生と活動の再開を端的に教えてくれる季節です。

しかし、禅語では「生ずる」ものを何と捉えるかによりこの句に別の解釈を与えます。それは「修行によって心をすっかり浄化させ、焼き尽くしたと思い、煩悩がなくなったように見えても、その根源には焼き尽くすことのできない煩悩がしっかりと残っている。ゆえに、不断の努力なしには煩悩の滅除は困難である」との解釈です。ここには、因果律を見据えた仏教ならではの発想があるようです。

参照:妙心寺

2月の言葉

 

涅槃会

 

『己こそ己の寄るべ、己を置きて誰に寄るべぞ。よく整えし己こそまこと得難き寄るべなり。自ら悪をなさば自ら汚れ、自ら悪をなさざれば自らが清し。清きも清からざるも自らのことなり。他のものに寄りて清むることを得ず。』

法句経に記されたお釈迦様の言葉で、お釈迦様が入滅されるとき弟子に言い残した言葉と伝わります。

陰暦の2月15日はお釈迦様が入滅された日とされており、仏教においてはお釈迦様の誕生を祝す「降誕会」、悟りを開かれたと伝わる「成道会」と共に大切な日として伝えられます。禅語にある「自灯明、法灯明」の語源となったと言われる言葉です。

令和2年1月の言葉

 

慶賀光春

 

今年が皆様にとって良い年でありますよう願いを込め、その始まりの月を大切に思いつつ相田みつをの言葉を記してみました。

相田みつを氏の言葉は「謎掛けの言葉」が多いように思います。読む人の感性に訴えることで十人十色に異なる意味を感じられます。それだけにその言葉の意味を問うのは野暮というものですが、それでもなおその意味を語りたいと思うのは人間だからでしょうか。

この言葉は『原点であり自分でもある「一」とは何か』を問う言葉です。シンプルに「自分を見つめ直せ」とも聞こえますし、「原点」と云う過去と、現在で在る「自分」とを繋ぐ「一」を問い掛けるようにも聞こえます。氏の言葉には、読む人が自分の身の上を投射して心に響かせる「隙間」があり、その隙間によって私達に「何か」を気づかせてくれます。新年にあたり今日の自分の原点を見つめる機会になればと思います。

相田みつを氏が果たしてどのような思いで言葉を残したかは分かりません。読む人が感じた事こそが答えだと私は思います。

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